ケインズ『貨幣・雇用・利子の一般理論』(岩波書店、2008年)を読んで

  ケインズ以前の古典派経済学は、需要と供給は市場メカニズムを通じ、望ましい配分に均衡されるとした。供給は自ら需要を作り出し、所得は消費と貯蓄を経て市場へと投資される。古典派によれば、一国の総生産量と国民所得を決定するのは供給能力であり、総需要の変化は価格変動を起こせど国民所得には影響しないとした。こうした想定に異を唱えたのがケインズである。


 彼が注目したのは、市場調整メカニズムの限界だ。例えば、古典派は「失業」を価格調整が完了するまでの一時的な現象とみなしている。企業の雇用量は、限界生産の効用(賃金は労働の限界生産物に等しい)と限界雇用の負の効用(賃金の効用はその雇用がもたらす負の限界効用に等しい)が一致する地点で均衡するはずだ。しかし、街には一時的な失業と見なせない大量の失業者が溢れていた。ケインズは、失業の原因は消費や投資の総需要不足にあり、需要こそが生産水準を決定すると考えた。財政政策を通じ「有効需要」の必要性を説いたのが本書「一般理論」である。

 


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 一般理論では、雇用量の決定に関する有効需要理論と、市場利子率の決定に関する「流動性選好」理論が考察される。まず雇用である。雇用水準を決定するのは、消費と投資からなる有効需要の大きさだ。総消費の変化を促す要因は、所得のうち消費に占める割合を指す消費性向、企業投資の限界効率、そして利子率である。経済発展に応じて消費性向と企業投資は減少し、やがて雇用量の低下を招く。その結果、完全雇用でない地点で雇用は均衡し、本来的な需給ギャップとは差異のある「非自発的失業」を生む。ケインズは、このサイクルを防ぐためには、利子率を下げ投資を人工的に確保する必要があるとした。


 投資の増加は有効需要を増加させるだけでない。雇用増加に伴い上昇した国民所得が、やがて何倍もの消費活動を生む。投資と国民総所得の変化を表す指標が、「限界消費性向」と「乗数効果」だ。限界消費性向が大きければ乗数も増大し、投資が雇用量に及ぼす変数も増加する。しかし、乗数効果は社会の貯蓄量と併せて考慮せねばならない。例えば、消費性向の低い国は所得の多くが消費に向けられる。たしかに乗数効果は大きいが、消費需要や投資需要への波及効果は少ない。そのため、雇用の増加まで有効需要が拡大しない。公共事業が雇用に与える影響は豊かな社会ほど大きい。


 労働雇用量を左右する新規投資の水準、資本の限界効率スケジュールは市場利子率に左右される。市場利子率は、貨幣総量と、貨幣で資産を保有しようと望む人々の流動性選好に基づく。投資を促すには、期待収益が市場金利を上回らねばならない。利子率の上昇は、投資を減少させ投資乗数の倍数だけ国民所得を減少させるおそれがある。雇用の一般理論は消費性向と投資の限界効率のスケジュール、市場金利で決定される。有効需要の原理と金利の理論は、やがてヒックスによるIS-LM分析として結実する。


 本書では「豊富の中の貧困」という発達した資本主義社会が抱えるパラドクスが指摘されている。資本主義社会は、限界消費性向と費用逓減の法則を宿命として抱え持つ。しかし、社会不安や不確実性の増大に伴い流動性選好が増大すると、投資誘因の衰退と産出量の減少を余儀なくされる。投資誘因の不足は、社会不安を増長し有効需要の不足と失業を生んでしまう。悲観的な心理がさらに悲観を助長し社会を貧しくするというリスクは、発達した資本主義社会が常に抱えているという。「潜在的に豊かな社会において投資誘因が弱いのは、その潜在的な富にも関わらず、有効需要の原理の作用によって社会は現実の産出量の減少を余儀なくされる」。ケインズが指摘するように、消費と投資は有効需要を高めなければ乗数効果として波及しない。(続

 

雇用、利子および貨幣の一般理論〈上〉 (岩波文庫)

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雇用、利子および貨幣の一般理論〈下〉 (岩波文庫)

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