シュムペーター『資本主義・社会主義・民主主義』(東洋経済新報社、1995年)を読んで

  シュンペーターは、「資本主義は何を原動力にして進んでゆくのか」という資本主義の将来的ビジョンについて不吉に満ちた予言を暗示した。そもそも資本主義は自己崩壊へと歩む道のりを必然的に抱えている。本書で描かれるのは、そのプロセスと帰結する先の展望である。

 

 市場調整メカニズムの限界と財政政策を通じた有効需要の必要性を説いたケインズに対して、資本主義には新技術やイノベーションが不可欠だと看破したのが同時代に生きたシュンペーターである。資本主義の発展を支えるエンジンである「起業家精神」「創造的破壊」は、新技術や新組織形態を生むことで現存の産業社会の革新を促す。しかし、その過程は封建社会の制度的枠組みを破壊したのと全く同じ方法で、資本主義自体の制度的枠組みをもやがて破壊に導く。資本主義の非常な成功こそが、現状の社会制度を覆すことで逆説的にその存続を不可能たらしめるという。

 資本主義の発展的過程は、新市場の開拓や企業発展を始めとするイノベーションにある。絶えず内部からの経済構造を革命化する産業上の変異であり、古きを破壊し新しきを創造する経済変動の過程である。シュンペーターは、資本主義の抱える本質的事実は「創造的破壊」であると説く。

 

 しかし、資本主義はやがて終焉を迎えざるえない。なぜなら資本主義の発展は、経済進歩の機械化と官僚制を伴い、徐々に、企業家の資本主義へのエートスを奪っていくからだ。イノベーションにより成長した企業は、市場を独占し小生産者や小商人の市場をも収奪するに到る。経済的欲望の充足に伴い、起業家精神イノベーションは必然的に縮小する。合理主義の発展はやがて人々の道徳や慣習、規律を退廃させ、資本主義の発展そのものに敵対的な知識人を生み育てる土壌となる。「資本主義的企業者の非常な成功こそが、元来それと結びついているその階級の維新と社会的重要性を傷つけるにいたること、および巨大な企業単位がブルジョワジーの社会的重要性のよってたつ職能からブルジョワ自身を追い出すにいたる」[i]のだと著者は述べる。資本主義は、様々な要因が相まり漸次他の体勢に移行せざるを得ないのだ。

 

 また、資本主義には自己崩壊に向かう傾向が内在すると同時に、「資本主義過程はそれ自身の制度的枠組みを破壊するのみならず、また他の骨組みのための諸条件をも作り出す」[ii]要因をも併せ持っている。実際に、シュンペーターが唱える資本主義の未来図は、社会主義的因子としてすでに受容されつつある。それは、累進課税など税の再分配、物価への規制強化、社会保障制度、金融市場に対する公共的統制、公共的企業の拡大、そして完全雇用を目指す大量の公共管理だ。これら社会政策は、資本主義から社会主義へ到る可能性に拍車をかけるものである。社会的秩序は、資本主義が生む様々な要因、そして社会政策の相乗効果と相まって、社会主義的体制へと徐々にシフトしていくという。


 

 スミスやケインズの経済学は、同時代の経済現象の記述と実証分析であり、その眼目は「現状の資本主義経済をいかに改善するか」に焦点が当てられていた。スミスは富の源泉を労働が生む年間生産物の総量におき、ケインズは失業を解消する消費と投資の必要性を有効需要理論として説いた。分業理論を通じた生産性の向上、市場調整メカニズムの限界と財政政策を通じた総需要の底上げが、労働や資本投下の視点から論じられてきた。


 一方、シュンペーターに特徴的なのは景気循環の革新を担い、市場経済というゲームに参加する個々のプレイヤーである「企業家」に焦点をあてていることだ。資本主義を駆動するエンジンはイノベーションであり、企業家による新技術や新組織形態などの革新行動が、需要供給いずれにも起源をたどれない利潤を生み出す源泉である。しかし、革新自体が制度化され、日常業務に組み込まれてしまうことにより資本主義が終焉を迎える。特に興味深かったのは、この企業家とイノベーションを生み出すプロセスである。


 イノベーションを担う存在は、企業家だ。イノベーションとは偶然性が高く、それを生み出す企業家という立場は極めて不安定なものである。シュンペーター自身も、企業家を「成り上がりものとして社会で動き回るが嘲笑の的にされやすい」と、不遇で割に合わない存在として描いている。では、なぜこうした割に合わない仕事を実行するのか?その問いに対し、人々の潜在的に持つアイデンティティを求める闘争心に着目し、企業家の「成功から得られた果実ではなく、成功そのものを目的とする闘争衝動」によると説明している。闘争心や野心といった人間的な要素を経済学に組み込み、現実に沿ったものとして記述したシュンペーターイノベーション論には、現実の経済活動を担う人間的な臭いが通底していた。 

 

[i] シュムペーター『資本主義・社会主義・民主主義』(東洋経済新報社、1995年)P218

[ii] 〃P254

資本主義・社会主義・民主主義

資本主義・社会主義・民主主義